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<title>未来派図画工作</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/blog.rss</link>
<description>未来派図画工作のブログ更新情報です。不定期更新です。</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator>
<dc:date>Mon, 16 Apr 2012 00:00:00 +0900</dc:date>

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<title>あれから十年</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00130</link>
<description>先日、&lt;a href=&quot;http://zugakousaku.com/src/project.php?ref=voyage-ja&quot;&gt;二十世紀ボヤージ&lt;/a&gt;という作品を、WebGLという技術を使って作り直しました。この作品を作り始めたのは、もう十年前になります。アメリカで起きた同時多発テロで大きく動揺した気持ちを、なんとか沈めたいという一心で、闇雲に作り出した事を覚えています。当時はMac OS Xでのプログラミングでしたので、情報も少なく、本当に手こずりました。作っては捨て、作っては捨ての繰り返しで、一年ほど経過して、ようやく人前に出せるような作品になったのでした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;私はこの作品を、せんだいメディアテークの「アートアニュアル」というイベントに「僕の大きな本棚」として出展し、生まれて始めて自分の作品を、公共の場に「展示」したのでした。展示の仕方も全く知りませんでしたから、プロジェクターを置く台をどうするのか、どうやってプロジェクターを隠すのか。ホームセンターを妻と一緒にウロウロしたものです。そもそもプロジェクターはどれを買えばよいのかさえもわかりませんでした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;その後「二十世紀ボヤージ」とタイトルを変更し、ウェブサイトで公開してからというもの、本当に多くの人に感想とアドバイスをもらい、作品はどんどん成長していきました。私が知る由もない専門的な内容の歴史のデータを送ってくれる人や、英訳をしてくれる人まで。一人で孤独だった制作時間が、刺激的で対話を繰り返す楽しい時間に変貌したのでした。今思い返せばその時私は、ちょっとした集合知のようなものを体験していたのかもしれません。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;あれから十年の月日が流れました。相変わらず世界では様々な問題が山積し、自然災害に翻弄されています。あの時は、まさか東北で世界最大級の地震が発生するとは想像もできませんでしたし、日本で原子力発電所が事故を起こすなんて夢にも思いませんでした。こうした世紀に残る出来事を間近で体験し、そしてその体験を二十世紀ボヤージのデータのなかに組み込む事になるとは。人生とはなんとも不思議なものです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;私はこの作品を作るきっかけとは比べ物にならない動揺を、この震災で体験しました。そしてその気持ちの揺れはまだまだおさまりません。だから、そろそろ私は見つけなければならないのでしょう。闇雲に熱中する次の何かを。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;center&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://zugakousaku.com/webgl/voyage/&quot;&gt;二十世紀ボヤージ WebGL&lt;/a&gt;&lt;span style=&quot;margin-left:10px;font-size:11px;&quot;&gt;WebGLがご覧になれるブラウザでどうぞ。現時点ではChromeが最適です。&lt;/span&gt;&lt;/center&gt;&lt;/blockquote&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Mon, 16 Apr 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>AXIS Magazine</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00129</link>
<description>デザイン誌「AXIS」2012年 04月号にWOWを取り上げていただきました。私もその中で取材に応えさせてもらっています。学生の頃から読んでいた雑誌でしたので、こうして掲載されてみると、本当に不思議な気持ちになります。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;思い起こせばデザインというものに携わるようになってからというもの、暗中模索しているうちに約20年も経過してしまいました。なんとかここまでやれてきた事への小さな自負と、まだまだ何も達成できていない大きな自戒の念がわき上がってきます。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　震災時に痛感したのは、デザインというものが、実は巨大なインフラの上に成り立っていて、その基盤が崩れたときに深刻な機能不全となるという事でした。もちろんそうした基盤を作るためにデザインが用いられてきましたし、その復旧でも多いに活用されてきたと思います。しかし、様々な想いが交差する中で、私の中で「デザイン」という概念が大きく変化していることは確かです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　その変化を確認するために、そして確実なものにするために、まだまだ学ばなければならない事、経験しなければならない事が山のようにあります。視線の先に、常に根本的な価値観を置けるように、「デザインする」というスタート地点から発想するのではなく、「生きる」という起点を私の中で構築していくこと。そんな事が出来ないだろうかと、日々考えています。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;center&gt;&lt;br/&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.axisinc.co.jp/publishing/magazine/vol/156.html&quot;&gt;AXIS Magazine&lt;/a&gt; &lt;/center&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Sat, 31 Mar 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>最後と最後の間に</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00128</link>
<description>「旬を感じることが最高の贅沢」という一文を読んでから、旬とは何だろう、旬を感じるという事はどういう事なんだろう。とずっと考えている。今しか味わえないものを楽しむ事であろう事は分かる。でも、日常の中でそれを感じる事は出来るだろうか。ましてや体調を崩したり、悩みを抱えている時に、そんな余裕などあるだろうか。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　先日、禅僧であり日本庭園のデザインをされている枡野俊明さんと対談する機会に恵まれた。文頭の言葉は枡野さんの言葉である。私は事前の打ち合わせで、旬について尋ねた。彼はテーブルの上にあったペットボトルを持って「全ての瞬間がかけがえの無い事と知る事です。これを単に水の入ったペットボトルと思うか、そうでないかは自分次第ですよね」と笑った。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ペットボトルをデザインしたのは誰だろう。どうしてこんな形をしているんだろう。水はどこから来たのか。どんな味がするんだろう。そういった事に思いを馳せれば、テーブルの上のペットボトルは、映画のエンディングのようなものになる。いや、飲んだ水は体の中でどう吸収されるのか。ペットボトルはリサイクルされて、どんなものに転化するのか。そこまで想像力を働かせれば、テーブルの上は、長大な物語の一章になるのだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私にはまだそんな心の大きさも、ゆとりも無いようで、先日、歯の痛みに耐えている時は「早くこの痛みよ消えてくれ！」とただただ願う事しか出来なかった。楽しむなんて無理。でも、いまだにしつこく旬、旬、と考えていて、これが旬なのかな？とふと気付くような瞬間が、少しずつ増えてきた。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　ここにはもう来れないかもしれないな。この人にはもう会えないかもしれないな。そう考えると胸がほんのすこしチクリとして、がらっと景色が一変する事がある。すべてが最後の出来事。日々、最後と最後がつながっている。もしかするとそうした最後と最後の隙間に旬があるのかもしれないな。</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Fri, 17 Feb 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>お菓子と発明の夜更かし</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00127</link>
<description>&lt;p&gt;おそらく人生で初めてのインフルエンザに感染する。最初の夜は高熱にうなされて夜も眠れず。割れんばかりの頭痛を耐え忍ぶ。ただ耐えるばかりでは悔しいので、最近読んだ脳の本を思い出し、脳で繰り広げられているだろうはげしい営みを思い浮かべながら痛みに耐えるのであった。そのためか、その夜見た夢は、これまでにない抽象的な夢だった。真っ白な空間に大きな黒い液体が浮かんでいて、形を自在に変えながらいろいろな方向へ流れては戻ってくる。そんな現象のような夢。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　二日目の夜。熱も下がってきた私は寝室で眠れず天井を見つめていた。一日中寝るなんてめったにないことだから、身体が拒否反応をしたのかもしれない。ふと脇で寝ているはずの娘の方に目をやると、意外にも暗闇の中で娘と目が合った。どうやら彼女も眠れないようだ。実はこのインフルエンザは、そもそも彼女の学校で流行ったもので、彼女も彼女の弟も、私が倒れる数日前に寝込んでいた。私はそのウィルスを防ぎきれなかったという訳である。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;お菓子と発明&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;　眠れないね、と、二人で隣の部屋に行き、暖房をつけ、即席のコーンスープと食パンをかじった。それとついでに、彼女が苦手だった粉薬の飲み方を練習した。それで、眠くなるにはどうしたら良いかと考えて、本を数冊読もうという事になる。私は近くにあった「発明」という本を選び、彼女は「パリのお菓子」という本を手にした。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私はせっかくなので、火とか鉄とか、車輪とかの発明がいかに人間に大きな影響を与えたかを、彼女に伝えようとしたのだが、結局はどのお菓子が美味しそうかという話に終始した。本の中には夢のようなスイーツの世界が展開していた。色とりどりのマカロンや、ケーキ、エッフェル塔のチョコレート。昨年家族で行ったパリが鮮やかによみがえる。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　まあ、自然に眠くなる本としてはパリのお菓子の方が正解だった。夢に車輪が出てきてもそれほど楽しくはないだろうし（私は楽しいが）、ましてや黒い液体なんか出てきたら悪夢だな。と思いながら数冊の本を読んで、二人で寝室に戻る。娘は何事もなかったように眠りについた。さて、かくゆう私はまだ眠れず、こうしてこの文章を書いている訳なのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;追記。この文章を書き終えた頃、弟が起きてきた…。こうして夜はもう少し続くのでした。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Sun, 22 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>フラクタルのかけら</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00126</link>
<description>すべてのものを分解していくと、分子や原子となり、それをまた分解していくと素粒子に行き着く。現代の科学で捉えられる最小の大きさ。あまりの小ささに、素粒子ニュートリノは、毎秒何十兆個も私たちの体を通り抜けているのだとか。しかもその数は膨大で、宇宙はニュートリノで満たされているらしい。もはやそれは大きさではなく、概念といって良いのかもしれない。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　もし宇宙が素粒子で満たされているとして、私も、空も、水も、すべて素粒子で出来ていると思うと、本当に不思議な気持ちになる。元々の材料が一緒なのに、異なる物質を構成する。そこにはいきいきと動き回る有機物もあれば、固く動かない無機物もある。誰がこの差分を作り出したのか、なぜこのような境界線が必要なのか。もっともっと不思議なのは、その素粒子で出来た人間という生命が、素粒子を発見し、その謎を解こうとしている事だ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;&lt;center&gt;何かにぶつかってみたい。それが素粒子のささやかな願いである&lt;/center&gt;&lt;p class=&quot;cite&quot;&gt; &lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.amazon.co.jp/dp/4863322402/&quot;&gt;「物理の館物語 小川洋子」短篇集より&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　現在観測されている最大の惑星は、太陽の300倍の大きさ、それは地球よりも実に32700倍大きい。これは、とてつもなく大きいのだろうけれど、大きすぎて、もはや想像する事も出来ない。この惑星からすれば人間の大きさなんて、素粒子とそれほど変わらないのだろう。宇宙を作り出す要素のあまりの小ささ、そしてそれによって構成されている宇宙の巨大さ。両方を比較しようにも、想像力は役に立たず、くらくらと目が回るばかり。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　どうやら、素粒子の研究は、宇宙誕生の秘密を解く鍵でもあるらしい。最も小さいものから最も大きなものを知る事が出来るかもしれないのだ。最も大きなものを知るために、最も小さなものに目を凝らす。部分が全体であり、全体がまた部分である。無限の階層を持ったフラクタル。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　素粒子は私自身を構成している。そして今この瞬間も、毎秒何十兆個、私自身を通り抜けてもいる。ふと想像力が活躍する、そうか私自身もフラクタルの一部なのだ。&lt;br/&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Sat, 14 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>きみはどうくつをもっているじゃないか </title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00125</link>
<description>&lt;p&gt;&lt;b&gt;自分で、きれいだと思うものは、なんでもぼくのものさ。その気になれば、世界中でもな。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;なんでも自分のものにして、持って帰ろうとすると、難しいものなんだよ。ぼくは、見るだけにしてるんだ。そして立ち去る時には、それを頭の中へしまっておくのさ。ぼくはそれで、かばんを持ち歩くよりも、ずっと楽しいね。&lt;br/&gt;&lt;p class=&quot;cite&quot;&gt;スナフキン&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;スナフキンはモノに執着しない。いや、どちらかというと所有する事に恐怖を感じているようにも見受けられる。この「きみはどうくつをもっているじゃないか」という言葉には彼が世界に向けたまなざしがどんなものであるのかが、凝縮されていると思う。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　私たちは世界をモノ化して、境界線を刻んで所有しようとする。その果てしない欲求は、輝く小さな宝石から、国境という巨大な土地まで、様々なものに向けられる。本来誰のものにもならないものでさえ、貨幣経済というシステムの中では、商品となってしまうのだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　スニフはムーミンとちょっとした冒険をして、洞窟を見つける。その洞窟発見はスニフにとってとても晴れ晴れしい誇り高いもの。スナフキンがスニフにたいして「きみはどうくつをもっているじゃないか」と諭すのは、その誇り高い気持ちこそが、スニフにとっての宝物なんだよ、という事を意味しているのだろう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;　でも、このエピソードが出てくる「ムーミン谷の彗星」というお話では、小さな貝殻や足輪を大切にしたり、ムーミンが旅に出るときにムーミンママがいろいろなものを持たせたりするシーンが丁寧に描かれている。モノに執着しないという気持ちと、大切にするという気持ち、そういった相反する気持ちが混ざり合うあたりが、人間性なんだろうと思うし、共感が持てるんですよね。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;center&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.amazon.co.jp/dp/4062769328&quot;&gt;ムーミン谷の彗星&lt;/a&gt;&lt;/center&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Thu, 12 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>WOW Visual Design カンファレンス</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00124</link>
<description>2012年1月27日(金) 六本木 AXIS Galleryにて、WOWの設立15周年を記念したイベント「WOW Visual Design カンファレンス」が開催されます。私も登壇する事になり、建功寺住職で日本庭園のデザイナーでもある、枡野俊明氏と対談させていただく事になりました。この対談は私が枡野氏の「共生のデザイン」を読んだのがきっかけで、是非直接お話を伺いたいと、建功寺にまで押しかけてお願いしてしまいました。「禅」という視点からデザインを実践されている枡野氏に、お聞きしてみたい事が沢山あるのです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;禅の美と、ビジュアルデザインは一見かけはなれているかもしれないのですが、禅における「無常」や「幽玄」などといったキーワードは、ビジュアルデザインにおける、変容性や偶然性といった時間軸の表現に関連してくるのではないかと考えています。また、庭園という空間性のデザインが、インスタレーションやユーザーインターフェイスのデザインにも参考になる事が多々あるはずです。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;当日はtakramの田川欣哉氏やTomorrow at daybreak projectのメンバーなども出演されますので、興味のある方は是非下記の情報をご覧ください。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;&lt;br/&gt;日時：2012年1月27日(金) 17:00〜&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;場所：六本木 AXIS Gallery&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.w0w.co.jp/vd/ja/&quot;&gt;WOW Visual Design カンファレンス 申し込み&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Wed, 11 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>東北芸術工科大学 大学院仙台スクール 特別公開講座</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00123</link>
<description>東北芸術工科大学の大学院仙台スクールにて、特別公開講座を担当させていただく事になりました。私はこの15年間、WOWという企業の中で、どうすれば東北の地で充実したデザインを実現できるのか日々模索してきました。この模索はある程度の成果を出しつつも、まだまだ道半ばです。そして昨年の震災を経験した今、その思いは揺らぎながらも、さらに強くなっています。東北という土地がどのような歴史を辿ってきたのかを視野にいれ、これから何を作り、どのように発信していけば良いのか。その可能性をビジュアルデザインの視点からお話しできればと考えています。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;&lt;br/&gt;日時：平成24年1月17日（火）19：30～20：50&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;会場：東北芸術工科大学大学院仙台スクール（AER7F） &lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.tuad.ac.jp/sendaisc/news/event/newpage_20120106_093527/&quot;&gt;詳しくはこちらまで&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Tue, 10 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>東へ向かう</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00122</link>
<description>&lt;p&gt;&lt;br/&gt;アフリカで生まれたという人類は、そこから全世界へと広がっていく。中には東へ東へと移動したものたちがいた。彼らは現在のアジアを経て、ついにはアメリカ大陸まで到達する。中には太平洋を横断した強者もいたようだ。航海技術が未発達だった時代に、それは本当に命がけの冒険だったに違いない。しかもそれは海流や風向きに逆らわなければならない本当に無謀な旅だったらしい。彼らを導いたのは何だろう。新しい食料だろうか。安息の地だろうか。それだけではないような気がする。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;地球の回転速度とともに&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;br/&gt;ここ数年、元旦に初日の出を見るのが習慣となっている。毎日太陽は昇っているというのに、１月１日の太陽はどこか神聖に見えてしまうのが不思議だ。その初日の出を見るのは近所の高台にあるカフェ。そこが元旦に、初日の出営業をしていて、毎年楽しみにしているという訳である。しかし今年は震災の影響で営業を再開できなかったようで、本当に残念なのであった。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;さて、日の出が近づくと、まず空がゆっくりと明るくなる。そして海の向こうから、予想よりも速い速度で太陽が姿を現す。太陽が全身を見せていない時間は一瞬だろうか。ほんの数分のそのひとときは、地球の回転速度を感じる不思議な時間でもある。&lt;br/&gt;やがて、太陽が顔を出すと、その姿を見にきた人々の顔にはやわらかな安堵が広がる。吐く息は太陽に照らされて、よりいっそう白く。風に流れる白い息。例年より寒くないからだろうか、どことなく今年は柔らかい日差しに思えた。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;br/&gt;太平洋を東へ横断した人たちは、最後には南米にまでたどりついたようです。南米原産のサツマイモがポリネシアの島々に広まっているのがその証拠です。オセアニアは東南アジアからみれば太陽が昇る東の方角。太陽の生まれる方角には何かあると考えたに違いありません。&lt;br/&gt;&lt;p class=&quot;cite&quot;&gt;&lt;a class=&quot;linkButton&quot; href=&quot;http://www.amazon.co.jp/dp/4788512092&quot;&gt;めぐる 中村桂子 編&lt;/a&gt;&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;太陽の生まれる場所&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;br/&gt;太平洋を東へと渡った冒険者達は、太陽が生まれる場所を突き止めようとしていたのではないだろうか。すべての生命の原動力となる、光や熱を生み出す太陽が、毎朝新しく生まれる場所。そう考えると、彼らが行き着いた先の南米で、太陽信仰が盛んだったのも偶然ではないのだろう。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;初日の出を見ながら、そんなことを妄想していた。そして、自分にとってこれから進みたいと思っている先はどこなのか？という想いが頭をよぎる。無謀であったとしても歩んでいきたいと思える方向。没頭できる道。そんな先を持たねばならない。どうしたのことか、朝日の太陽の眩しさは、見るものに自問自答を促すらしい。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;</description>
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<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Mon, 09 Jan 2012 00:00:00 +0900</dc:date>
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<title>ねぐらいり</title>
<link>http://www.zugakousaku.com/src/article.php?ref=blog-00115</link>
<description>&lt;p&gt;&lt;br/&gt;先日、マガンのねぐら入りを見る機会にめぐまれた。鮮やかな夕日が山の向こうに落ちていく、ほんの１時間ほどの時間。東西南北すべての方向からガンの群れが集まってくる。その数は数万羽。群れと群れが入り乱れて、小さな粒子が風に舞うようにも見える。幾重にも重なった鳥達の鳴き声。その壮大な大劇場にただただ圧倒されるばかり。本来、田んぼには5668種類もの生きものたちが集まって、それぞれが関係しあう事によって、大きな自然の営みのバランスを形成する。そのバランスが一旦作られると、特定の一種類の生物や植物が大発生する事もなく、循環する生態系が作られていくという。その生態系には先ほどのガン達も、我々人間も組み込まれている。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;繰り返される景色の中で&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;「蕪栗沼ふゆみずたんぼプロジェクト」。これは冬に田んぼに水をはることで、生物の多様性を促進しながら、より自然と共生した農業を営むことを目的としたプロジェクト。様々な分野の方々が集まって、知恵を結集し、新しい農法、新しい生き方というものを模索されている。そこには都市で消費されるための米を、疲弊しながら作るというイメージは全くない。人間が持っていたはずの、生物としての本来の価値観を復活させ、多様な生物が織りなす循環の中に一歩足を踏み入れる。その結果として収穫物を入手する。という営みの形成である。&lt;br/&gt;マガン達の群れを見ながら「粘菌の動きは鳥の群れに似ている」という言葉と「田んぼの中のイトミミズは、腸の消化の動きに似ている」という言葉が頭を巡った。ミクロな循環とマクロな循環がフラクタルとして構築されている世界。私たちの体内で行われている営みは、実は地球規模で行われている営みと同一なのではないかという妄想をしてしまう。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;&lt;b&gt;効率化の先に&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;&lt;p&gt;日本人は極端に効率化を求めすぎたのではないか。効率化の先に何を見いだすのか。よく分からなくなっている。ちょっとしたゆとりと想像力を持つ事で、生物の連環の中に入れるというのに、それを無駄な事としてとらえてしまっているのではないか。もし経済やデザインや科学がそうした無駄を排除する事を加速させているとしたら、その定義をもう一度見直さなければならない時期に来ているはずだ。&lt;br/&gt;&lt;br/&gt;隣でガンの群れを眺めながら、絵本作家の葉祥明氏が「このような光景に感動できるのであれば、まだ人間は大丈夫だ」とつぶやいていたのが印象的だった。私は、こうした光景が何よりも美しいものである事を、より多くの人に知ってもらう事が、われわれ表現者の義務の一つであると思う。&lt;br/&gt;&lt;/p&gt;&lt;br/&gt;</description>
<dc:subject></dc:subject>
<dc:creator>Mamoru Kano</dc:creator> 
<dc:date>Sat, 29 Oct 2011 00:00:00 +0900</dc:date>
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