移動祝祭日

重なり合う記憶の光景

リアルタイム映像作品

夕立のたびに思い出す。
あの日の匂い。
光、動き。風と声。
すべてがひとつになって、
ゆっくり回り出す。

夕立のたびに

立派な積乱雲が見えたあと、案の定、夕方に降り出す雨。

その雨粒を見ていると、ふと思い出します。家族といった公園や水族館。雨宿りする場所を探したり、近くのお店に逃げ込んでかき氷を食べたこと。

いろいろな時代の思い出が、一つに混ざり合うことも。

でも、そうした思い出の場が、永遠に続くとは限りません。
社会の変化や自然の猛威によって突然なくなってしまうことがあるのです。

私が生まれ育った家も地域も、もうありません。地域全体が移転となり、数年後に資材置き場のようになった景色を見て、どうしようもない寂しさを感じたことを覚えています。そして、その十数年後に、津波がその地を草原のような姿に変えたことを知り、寂しさは大きな喪失感と変わりました。

もうそこに帰ることが出来ない。あの場所は存在しない。そうした喪失は、記憶に強い楔を打ち込みます。現実的に遠ざかれば遠ざかるほど、心の中では身近で永遠の存在となるのです。

思い出すとは?

もし幸運にも、あなたに再会したい思い出があるのであれば、その光景を心の中に再現することが出来るはずです。思い出すことで、記憶の中の場所に、瞬時に行くことができる。でも、この思い出すってどんなことなんでしょうか。思い出している光景はどんなものなのでしょう。

思い出は瞬間の連続ともいえますが、音や匂いなどの複雑で曖昧な記憶が、一つに混ざり合っているようにも感じられます。そこで流れている時間はどうでしょう。一瞬も長い時間も重なり合って、繰り返されている。不思議な時の動きがそこにはないでしょうか。

時間をカタチに

過去に多くの表現者たちが、時間を瞬間の連続として捉え、絵画や映像として作品化してきました。時間は普遍的なテーマであるが故に、さまざま領域で主題となり多様な解釈があります。この作品では、思想、科学、メディア技術、表現の視点から時間を考察し、記憶と喪失感をモチーフに映像制作を行いました。

時の解釈には大きく「分割」と「統合」の二つがあるようです。「分割」は時間を合理的に捉える方法で、分や秒などの細かな単位を絶対的な指標として時間を計測します。逆に「統合」は時間の長さは感じ方によって変化する、というように、状況や認知する側によって相対的に捉えます。

分割と統合

機械式時計やカメラの発明により、時間や運動は分割可能となりました。西洋科学は森羅万象を分割することで世界を理解し、人間を拡張してきたと言えるでしょう。

そうした流れに呼応するような表現として、写真家のエドワード・マイブリッジが撮影した連続写真があります。これは時間が分割可能であること世に知らしめた代表的な表現と言えるでしょう。その後、マルセル・デュシャンも「階段を降りる裸体、No.2」で運動を瞬間の連続として描いています。

その一方で、東洋的思想の中には、統合していく流れが見出せます。曹洞宗の開祖である道元は「有時は、時すでにこれ有なり、有はみな時なり」として、時と空間、さらには自己や存在をも一つのものとしました。また、法隆寺にある「捨身飼虎図」では異なる時間を一つの絵の中に同居させる異時同図法が用いられています。

おそらく、時間の解釈にたった一つの正解、というものはないでしょう。一人一人が異なる捉えかた、感じ方があるのだと思います。そして私はこの「分割」と「統合」を重ね合わせたらどうなるのだろう?と考えるようになりました。重ね合わせることで、時間の新しい姿が見えてくるような気がしたのです。

移動祝祭日

この作品は時間や記憶、喪失感をテーマとして、リアルタイム3DCGで情景を描いた映像作品です。遊園地と工場が重なる情景の中で、過去と現在が混ざり合い、思い出が浮かんでは消えていきます。

異なる速度の運動を重ね合わせる表現も試みています。一見、既存のストロボストークのような光の残像効果に見えますが、この作品では立体物を空間に多重配置することで残像を作り出しています。ですからそれぞれの像が互いに光や影の影響を受けることで、より造形的な表情が現れるようにしています。

視点は、あたかも意識が記憶の中を巡るように、空間の中を途切れることなく回遊します。まるで庭園を眺めるかのように、散りばめられた思い出をドローンのように巡回し続けるのです。天候の変化や視点の位置などはランダムに制御されているため、作者自身も想定していない、多様な光景を目撃することが出来るはずです。

映像開発二作目

前作の「平日ダイヤ」同様、映像を生成するアプリケーションとして完成させました。開発に用いたのはゲームエンジンである「Unreal Engine」。奥行きのある光の表現や写実的な描写のために、最新のバージョンを用いて新しい技法にも挑戦しています。

半年前、前作の制作時では技術的知識が乏しいため、表現を大きく限定せざるを得ない状況でしたが、だいぶ理解が進んだことで、表現したいことを優先に開発を進められるようになったことが大きな前進だと考えています。

基本的なアニメーションは従来型の制作プロセスを踏襲しつつ(シネマティクス)、展開やカメラの動きはアルゴリズム(ブループリント)で制御しています。こうしたハイブリッドなデザインプロセスが、今後の映像デザイン領域に大きな影響を与えるだろうと感じています。

展示作品の記録から #1

バージョン

Copyright © 2011-2019 zugakousaku.com. All Rights Reserved.