一揆
勝俣鎮夫

この本を読むまで、一揆は、抑圧された庶民たちの怒りの行動だと思っていました。我慢に我慢を重ねて、限界に達した時、その力が権力に向けられる。そんなイメージでした。もしかするとこれは昔遊んだ「いっき(サン電子)」というビデオゲームの印象もあるかもしれません。

日常性を超えた問題、通常の手段では解決不可能な目的を達成するために、現実性をこえた特殊な集団として結成されたのが一揆である。勝俣鎮夫著「一揆」

もちろん一揆の最終局面として強者に対する弱者の抵抗、という一面はあったはずです。しかし、私が何よりも驚いたのは、一揆が「合意形成のための装置」だったという所です。コミュニティにおける中立的な意思決定。神のような「大いなるもの」を媒介とした人と人との連帯。そして、私的な縁をこえたところに生まれる公正さ。そうしたもののために一揆は存在していたのです。

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日本の中世は一揆の時代といわれる。この時期、あらゆる階層や地域に、共通の目的達成の手段として一揆が結ばれた。勝俣鎮夫著「一揆」
一揆に参加するためにはメンバーそれぞれの、社会的存在の諸関係を断ち切らねばならない。今日的にいえば「運動」に近い性格をもつものといえる。勝俣鎮夫著「一揆」
一揆結成なくしては、日常の場においては合議にもとづく公正な意思決定がなされない考え方が強く作用していた。勝俣鎮夫著「一揆」
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