メタファー思考
瀬戸 賢一
抽象的な思考対象について何かを語ろうとしたり、思考を巡らせようとしたりするとき、メタファーの登場は必然となる。 瀬戸賢一著「メタファー思考」

「意味を掴む」という表現はよくよく考えていると不思議な表現です。なぜなら私たちは物理的に意味を手で掴むわけではないからです。しかし、こうした喩え表現によって、もやもやとした抽象的な概念が、あたかも物や空間のように変貌し、私たちは「なるほど」と納得することができるのです。

私はビジュアルデザインの背景を探ろうとする過程でこの一冊と出会いました。実はこの本に出会うまで、メタファーは表面的な「喩え」を示しているぐらいの印象しか持っていませんでした。しかし、メタファーは人間が世界を認識するために必要不可欠な、強力な思考ツールであることに気づかせてくれました。それ以来私はメタファーの虜となり、その奥深さに魅了され続けています。

ユーザーインターフェイスにもメタファーはよく登場します。パソコンの画面をデスクトップと呼んだり、ゴミ箱のアイコンを用いるのも、捉えどころのないデジタル世界を、身体的に理解するため工夫なのだということがわかります。最近だとクラウドという喩えによって、どこからでもアクセスできる天空にデータが存在しているようなイメージが作られています。

こうしたメタファー表現は、対象となるものが抽象的で捉えにくいものであるほど効果が大きいようです。ということは、これから登場してくる様々なテクノロジーを理解するためにも、私たちはメタファー表現をどんどん活用していくことになるのでしょう。

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存在のメタファーは、言語的思考の出発点をなすメタファーであるといってよい。あらゆる思考対象をこの世に存在する「もの」と見立てるメタファーである。この世に存在すると見立てられたものは、この世に「ある」と考えられる。 瀬戸賢一著「メタファー思考」
メタファーは、常に具象を耕し、抽象を生む。しかし、この抽象の実は、純然たる抽象ではない。具象の種から育った抽象である。だから、私たちは、言葉を感じることができる。 瀬戸賢一著「メタファー思考」
喜怒哀楽の気持ちが心の中にあると考える。ある気持ちや思いや感情は、ひとつの「もの」として、心の中に「ある」心も私たちの身体のどこかにある。 瀬戸賢一著「メタファー思考」
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