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未来派図画工作のすすめ/自由ノート

雨音を聞いて明日を思う
「キャベツが青虫に食べられる事、トウモロコシがカラスに食べられる事、ニワトリがキツネに襲われる事、昔はそういった事にいちいち目くじらを立てていたけれど、最近はそう思わなくなってきた。彼らには彼らの役目があって、自然との共生の中で全部が必要な事だから」

宮城県色麻町で無農薬農業を実践している、和田さんという方の農場を見学する機会にめぐまれた。そこは風通しの良い広々とした丘に面した畑だった。大きなクモやオニヤンマがいきいきと過ごす草原で、子供達は夢中になってバッタを追いかけて走る、走る。

自然に向き合いながら「作る」「食べる」事を真剣に考える生活。そこには労働への悲壮感ではなく、季節の移り変わりを芸術的な視点で楽しむという、文化的な豊かさがあった。自分が実現したい人生のために、芸術があって、文化があって、農業がある。難しい顔で「社会とは・・」と机上の議論をいくら重ねても、近づけないなと思った。

人は、創意工夫によって便利さを生み出し、効率を上げ、近道を探し続けてきた。しかしそれは実は、壮大な遠回りなのかもしれない。本当の創意工夫とは、時間短縮だけを目指すものではなく、時間を感じ、楽しむものなのではないか。

深夜、こんな文章を書いていたら雨が降り出してきた。 和田さんは「雨に降ってほしいなと思う、そしたらニンジンの種が蒔けるから」といっていた。たぶん彼女は雨音を聞いて、明日の朝の種まきに心躍らせているのだろう。

雨音を聞いて、明日の事をそんな風に考えるのは初めてかもしれないな。

 

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