健全の美とは

エッセイ

どんな作品であれ、自分以外の眼に触れることが前提であれば、どうしても作る際に肩に力が入ってしまいます。恥ずかしくない表現、要望に応えられている表現、場にふさわしい表現。そうしたものを目指して、自分の力を尽くすわけです。なんでこんな大変なことを始めてしまったんだろうと考えながら、過去の自分に挑戦を挑んで、品質と精度にこだわります。

先日、初めて肩の力を抜いて展示をすることができました。もちろん決して手を抜いたわけではありません。やりすぎないように、こだわりすぎないように、作品の面白さの「芯」の部分だけを大切にしたのです。それは作家の「作品」ということではなく、暮らしの中の一つの「提案」のような感覚でした。

奉仕の心は器に健全の美を添える。健全でなくば器は器たり得ないであろう。工藝の美は健康の美である。

柳宗悦 民藝四十年

最近読んだ一冊の中にこんな言葉がありました。健全の美。なんだかとても気持ちの良い言葉です。環境に対して無理のないもの、自然なもの。そうした一種の透明度を持った美のあり方。提供する側もされる側も、肩の力を抜いて「楽しいね」と思える美しい空間のあり方。そうしたデザインを今後も探ってみたいと思います。

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