未来派図画工作のすすめ/自由ノート

フラクタルのかけら

すべてのものを分解していくと、分子や原子となり、それをまた分解していくと素粒子に行き着く。現代の科学で捉えられる最小の大きさ。あまりの小ささに、素粒子ニュートリノは、毎秒何十兆個も私たちの体を通り抜けているのだとか。しかもその数は膨大で、宇宙はニュートリノで満たされているらしい。もはやそれは大きさではなく、概念といって良いのかもしれない。

もし宇宙が素粒子で満たされているとして、私も、空も、水も、すべて素粒子で出来ていると思うと、本当に不思議な気持ちになる。元々の材料が一緒なのに、異なる物質を構成する。そこにはいきいきと動き回る有機物もあれば、固く動かない無機物もある。誰がこの差分を作り出したのか、なぜこのような境界線が必要なのか。もっともっと不思議なのは、その素粒子で出来た人間という生命が、素粒子を発見し、その謎を解こうとしている事だ。

何かにぶつかってみたい。それが素粒子のささやかな願いである 「物理の館物語 小川洋子」短篇集より

現在観測されている最大の惑星は、太陽の300倍の大きさ、それは地球よりも実に32700倍大きい。これは、とてつもなく大きいのだろうけれど、大きすぎて、もはや想像する事も出来ない。この惑星からすれば人間の大きさなんて、素粒子とそれほど変わらないのだろう。宇宙を作り出す要素のあまりの小ささ、そしてそれによって構成されている宇宙の巨大さ。両方を比較しようにも、想像力は役に立たず、くらくらと目が回るばかり。

どうやら、素粒子の研究は、宇宙誕生の秘密を解く鍵でもあるらしい。最も小さいものから最も大きなものを知る事が出来るかもしれないのだ。最も大きなものを知るために、最も小さなものに目を凝らす。部分が全体であり、全体がまた部分である。無限の階層を持ったフラクタル。  素粒子は私自身を構成している。そして今この瞬間も、毎秒何十兆個、私自身を通り抜けてもいる。ふと想像力が活躍する、そうか私自身もフラクタルの一部なのだ。

Photo by Martin Rancourt on Unsplash

前の投稿
きみはどうくつをもっているじゃないか
次の投稿
お菓子と発明の夜更かし

Latest

Random Pickup

メニュー