本の一回性

エッセイ

読書の魅力は、著者の思考プロセスを追体験する事なんだと思う。それは著者が費やした時間をぎゅっと凝縮したものを、時空を超えて紐解く事でもある。そう考えると、そうした追体験の方法はあまり手軽でない方が良いのかもしれないと思う。

紙の本と電子書籍の違いは2点。情報と物質が一体化しているかどうか、もう一つは情報を検索できるかどうか。紙の本はもちろん検索できない。お気に入りのページに再び訪れるためには、付箋を使うか、ページの端を折っておくしかありません。電子書籍に比べれば不便としか言いようがありません。

しかし最近、紙の本の最大の利点は、容易に検索できないという事なのではないかと思うのです。情報との一回性をはらんだ出会い。一行一行との、静かな一期一会。そうした特徴が、情報の質をがらっと変化させているような気がしてならないのです。

たまさかの美

エッセイ

帰り道の電車。トンネルを抜けると、視界いっぱいに花火が広がった。

電車は、止まる事なく花火の脇をすり抜けて林の中へ。華やかな夜空は一瞬だけ視界に入り消えていった。

その一瞬がスローモーションのように心の中に残っている。

なぜだろう、涙が出そうになるほど、その一瞬に心が動かされる。

知りたいことを作る

エッセイ

せんだいメディアテークでモーションテクスチャーの展示が始まりました。初日にはオープニングセレモニーがあって、多くの方にも来ていただきました。作品の上を歩く人、走る人、そして寝る人。ウルグアイからたまたま来ていたメンバーは持っていたボールでサッカーを始めてしまいました。

映像と人の関係は、私が考えていたよりももっと色々な可能性があるようです。 展示されている作品を見て、まだまだ挑戦すべき点は多々あると再確認しましたが、このプロジェクトは私にとっては新しい最初の一歩には違いありません。これまで培ってきた表現技術を使って、思想を具体化していく。

そして「言いたいことを作る」から「知りたいことを作る」への転換の始まり。 アートとビジネスの間で一人でも多くの人と「知りたいこと」を共有したい。そしてそれを特別なものではなく、とても身近なものとして表現したい。

映像というものが記憶でしか残せないとしたら、見た映像よりも、作った映像のほうが記憶に残るはず。だから、作者と鑑賞者とコンピューターが共同制作者になるような作品をつくっていけたらと思う。

はじまりはいつも楽しい

エッセイ

「デザイナーがプログラムする時代に、我々プログラマーはどうしたらいいのだろう」「プログラムの知識がない私は、これからデザイナーとしてやっていけるだろうか」 最近私のまわりで、このような対照的な意見を聞くことが多くなってきました。

私自身も、今までやってきたことが、これからの時代に通用するのだろうか?とか、技術の変化についていけるのだろうか?という不安がいつも心の片隅にあるのは事実です。

メディアテクノロジーの進化は、これまで技術の壁で隔てられた「分野」という枠組みを無意味なものにするでしょう。特に情報デザインの分野では、考えることが作ることに直結していく可能性があります。もはや考える時間があったら作った方が早い場合があるのです。

デザイン+デベロップ。これからの情報デザインに必要なものは、表面と内容を作るデザイン知識と、構造を作るデベロップの知識が必要です。iTune Music Storeを眺めていてそれをひしひしと感じます。それはまさに思想と技術が一体となったデザインではないでしょうか。

時代の流れの中で、もし自分のやってきたことが無駄になるとか、 終わってしまうような感覚を感じている人がいるとしたら、それは違います。他の分野の人が、あなたの知識と経験を必要としているのです。だから変化を恐れてはいけない。それは終わりではなく、新しい分野のはじまり。

いつの時代も、どんなジャンルも、はじまるときがいつも楽しい。

漫画だって映画だって、ロックだって歴史に残る名作は、その分野がはじまったときに作られる。今使っているソフトウェアの多くも、パソコンが始まったときに作られたものがほとんど。 変化によって、私たちは常に初心者にもどれる。すべてがエキサイティングだった初心者に戻れるのです。あのプールにはじめて入る時のような気持ちに。

コンピュータは何の道具?

エッセイ

仕事で使う場合は、その仕事のための手段としての道具。しかし個人で使うパーソナルコンピュータという考え方であれば、もっともっと遊び心があってもよい。コンピュータでしか体験できない面白さや心地よさ、そして知的好奇心をかき立てるような道具であってほしい。

今考えるとパソコン創世記の方がよっぽどアイデアに満ちあふれていたのではないだろうか?なぜか? たぶんそれはコンピュータを使う事がイコール作る事だったからでしょう。 作りながら使い、学び、楽しむ。それはまさに「遊び」。

子供が遊びを通して成長するように、私はなるべくこの便利な道具を手段としてではなく、遊び道具として使っていきたいなと思います。 そしてその遊び道具で、何を作るかと言ったら、やはり遊び道具を作るのです。

意味の意味

エッセイ言語学読書

黄色で描かれた青という文字があるとしたら、それは黄か青か。色の意味と言葉の意味がぶつかり合って混乱します。意味と意味が互いに干渉している感じ。

黄色という単語が青で書かれていることを認識するのは途方もなく難しくなる。

ことばから心を見る - ニールスミス著

意味とは何だろう。名前とは何だろう。言葉とは何だろう。最近私の頭から「意味」が離れません。広辞苑で調べると –ある表現に対応し、それによって指示される内容。 では内容とは何か調べると –現象を成り立たせている実質や意味。 ループしてしまいます。意味は意味。意味を他の言葉で説明するのが難しい。そしてそれは色にも同じことがいえます。

例えば赤を説明するとき「リンゴのような赤」とか「バラのような赤」とは表現できても、赤そのものを例えなしで説明することができません。そしてよく考えてみると、言葉全体が例えなしでは説明不能のような気がしてくるのです。

意味は他の意味によって形成されている?言葉や意味はお互いに相互関係を築いて成り立っているのでしょうか?普段何も気にせず使っている言葉。理解しようとするとものすごく複雑で難解。こんな道具をいとも簡単に使いこなせている人間の能力にただただ驚くばかりです。

ことばから心をみる

言語学をめぐる二十話

ニール スミス(著), Neil Smith(原著), 今井 邦彦(翻訳)

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